平成23年4月
大調和会広島支部

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大調和会のあゆみ

第一回の大調和展は昭和2年白樺派のリーダー格であった、雑誌「大調和」を編集していた
文学者、武者小路 実篤と、当時洋画界で神格化されていた画家、岸田 劉生とが協力して上野の日本美術協会で開催されました。
審査員は白樺派関係の画家、彫刻家は勿論、作家、詩人、評論家等による審査というユニークな方法をもって出発しましたが、2年後岸田 劉生の急死により会を中断、昭和37年にまだ元気であった初代会長の武者小路 実篤会長で再発足して以来50年、50回目の公募展が今年3月1日から6日まで例年どおり東京上野で開催されました。
人間を愛し、個のすべてを生かす調和の世界を理想とした武者小路 実篤は再発足の時、次のように述べています。「・・・略・・・全ての人が自分に託された生命を出来るだけ美しく開花させる事が人間の任務と信じている。自分の個性を生かすのに絵を描く事に僕達は賛成なので、いくらかでも役にたてばと思ってこの公募展をはじめたわけである。・・・略・・・本当に感心できる絵は自分の本当の個性を生かした絵である。天与の花を出来るだけ美しく咲かせる事にある。不可能な事は仕方がないが、純粋な俗気のない花を咲かせたいと思っている。それが我々の願いである。」盟友の岸田 劉生が「日本人の油絵の写実の理想」を最後まで求め、洋画壇に強い影響力を与えながら志半ばで夭折したその理念を武者小路会長は大調和会復活第一回の言葉としています。
以来50年、この理念は営々と受け継がれ大調和会の大きな支えとなっています。
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