第63回アトリエ訪問   書 藤井龍仙

書道芸術院展 審査会員
毎日書道会 会友 秀作賞4回 佳作賞1回
長野県現代書道展 広報副部長 審査会員
現代書道水茎会 事務局
粋仙会書道教室 代表

■ 桜吹雪の中へ
広島市の海岸近くではすでに葉桜となり、陽光はすでに初夏の輝きであるころ、太田川沿いに北上して藤井龍仙氏のアトリエへ向かった。大芝水門を抜けたあたりから桜吹雪を受けながらの道中となり、辿りついた時には、すっかり春の景色。時間旅行をした気分だった。
氏の生年は昭和40年。高校の書道部から竹本龍汀氏に師事。サラリーマンから会社役員。書家に44歳で転身。まだまだ若手なのだからと水平線を広げることを自分に課す。あたらしい書道を怖がらない。漢字全般、生活ことばの書、パロディ書、篆刻、表具コーディネート、小品書 扇面の書など『日常に寄り添う書』を目指しているとのこと。

■ 体感
氏のアトリエにはKenkoのLED付きルーペがあった。篆刻用に使われているそうだ。篆刻の印刀は鋼で厚く強靭な形状だ。力強い道具で、繊細な作業をすることで印は作られる。
また、数多く揃えられている端渓、澄泥、歙州などの硯を見せていただいた。ある程度ザラッとしているが、さわり心地がよいものが佳い硯だそうだ。芯やにじみの部分を創り出すのは墨と硯。その組み合わせも重要な因子なのだそうだ。お聞きしていると書はかなりフィジカル。体感の芸術なのだと感じる。

■ 体幹
氏は、広島市の広い範囲で連日書道教室を開き、自転車移動を心がけるアクティブな書道家。子ども会のお神輿を担いで頚椎を痛めるなどのアクシデントも乗り越え、なにかとストレスに強い方だ。しかしながら、しばらく右手がしびれて安静にしなければならない事態を受けて、心身ともに健康であることが書にとって大事であると痛感されたそうだ。書は、右利き用に構成された文化だ。左手で書くと筆の穂先が見えない。柔らかい超長峰を手に取って見せて下さった。書は自然な右肩上がりの文字で真っ直ぐに見えるようになっている。子供たちが教科書などの明朝体のみを見て育つことに懸念を感じるとおっしゃった。これから様々なデバイスで文字に接する機会がますます増えてくる。そのため筆文字の美しさを充分に引き出したフォント(活字のデザイン)が出てくることが必要だ。周りの空間も含めてバランスを取る事は難問だとのこと。古今の拓本を見せていただきながら、お話を伺った。まっすぐな行の碑文もそう見えるように一文字一文字の中心が絶妙にずらして重心を揃えてある。デジタルで製作されるポスター等のタイトルや文章のデザインにも、それぞれにぴったりくるカーニング(字詰め)がある。これまでの活字は、重心が文章の流れに対してバラバラでしっくりきていない。頭のなかの言葉のビジュアル化をもう一度、運筆から起こすフォントが望まれるとのことだ。

■ 態間
前衛も安定した表現技術の伝承態。感性だけでなく、思った量を思ったところに散らす職人の域も必要。その技術を生かしながら、読むために高い教養がいる書だけでなく、現在の日本人の日本語を記すことも大切にしているとのこと。特に教室などでは俳句、川柳など、自作の句を作品にしていく指導を通じて生活の中に溶けこませることを目指している。
楽しく書に触れてもらうために、表現の方法も一緒に工夫する。書と絵を同じ画面に使うものに『画讃』があるが、それは絵が主体だ。しかし、書を主体とした作品にも視覚的に見せていくための背景として色を載せたるとよい。色を背景に字を置く。“遠くからは色や絵として目を引き近くに来させて字を読ませる。”という人の動きにあった表現だ。

■ ネットワークの中へ
氏はデジタルにも心を配る。生きた情報を大切に思うため、ホームページも更新の頻度が高い。ツイッターを連動したFacebookも活用している。自身で作られた粋仙会のサイトなどでは、アクセス数に関わるメタタグ(グーグルなどの検索に影響する技術)にも配慮する。人々のデジタルに触れる時間が長くなるに連れ、思いの外に音楽、動画、画像、文章に触れる機会は増えてきた。書はそのどれとも関わりが深く、これからも求められ続ける文化であるとのこと。体感と想造を筆で橋渡しする。それはデジタル化する社会に於いても必要な役割であると思っている。

<文/泉尾祥子 ・ 写真/原敏昭>

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取材中の風景