アトリエ訪問第39回 福長弘志氏

~二紀展を軸に、グループ展や個展を重ねながら絵画表現について研鑽しています~

  「さて何からお話しますか」が最初のお言葉だった。その一言でアトリエ訪問といいながらいつも行き当たりバッタリに、先生方の歴史や創作活動の中で培われた人生哲学が面白くて、ついそちらのほうに話を振ってしまうことに気付かされた。
  「まずは絵との出会いから・・」といかにも気が利かない踏み出しにもかかわらず、限られた時間の中で、ご熱心に盛り沢山のことを語っていただき、自分にとって忘れられない一時になった。

  先生は物心ついた頃から小学教師であったお母さんがスケッチされるときや美術展の鑑賞時にいつも一緒だったということから、自然に絵を描くことがあたりまえの幼少期を過ごされている。しかも外祖父が日本画家であったそうで、思いがけず掛軸や襖絵の作品に遭遇することがあるという。

  中学・高校・大学を通じて美術の先生方だけでなく、多くの先輩や美術仲間と出会いを重ねる一方、北広島の新庄中学時代にはお寺の先生が境内で、地面にパネルを置きその上にペンキにまぶした砂を撒き竹箒で掃いて絵の下地をつくるといった技法にこだわらない世界を手伝う体験や、ブラックの抽象画の模写、ダリやマグリットのシューリアリズムの絵に魅せられ、さらにはフェルメールの人物と背景の奥行きを感じさせる光の描き方に感動するなど幅広い素養を身につけられている。

  教職に就いた当初生徒指導に明け暮れ、一時絵に対する熱意が希薄になったとき、故佐々木寅夫氏の一言で情熱を再び持つことができたという。その後は県美展や学時代の恩師の難波平人氏の勧めで加入した二紀会でご自分の世界を創り数々の賞をものにされている。
「なぜ絵は四角い枠に閉じ込められなければならないか」という疑念に長い間囚われた話も興味深いものだった。5・7・5の取り決めにより俳句がある話がヒントになったり、大学院に入り直してから四角い画面のこだわりが薄れ原点を見直しができている。

  このように真摯に絵と向き合うなかで時には自信喪失に陥るなどあっても、無心に絵を描くことができたとき大きな成果を得るなど結局絵を描くことによって迷いから救われたようだ。
  そして「賞を取りたいという欲がでると不要なものが入り込み(評価者から)すぐに見抜かれてしまう」「絵は正直に自分を表すもの」「気持ちを透明にして正直に自分に向き合えたとき階段を上がることができる」など気付きが生まれている。

  アトリエに置かれている何も無くただ雪の足跡だけが描かれた「旅路」の絵の解説や、過去の入賞作品を生みだす下地になったストーリー、「絵は背景が大切、人物はそれだけで強い存在」「自分の故郷は豊平町。その縁があってこれからは故郷の風景を残したい」などのほかにも奥深い話ばかりで今回はほとんど伝えることができていないかもしれない。

<文・馬場宏二/写真・原敏昭>

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取材中の風景