アトリエ訪問第49回 片岡猛雄氏

生命の結実は変化しながら在りつづける。それは描き止めたあとも留り、見守る対象だ。

プロフィール
1961年 第一美術展初入選
1970年 第一美術会員に推挙
1977年 広島県美術展大賞受賞
1978年 第17回文化庁主催県美展選抜展出品
1983年 広島県美術展大賞受賞
1992年 日洋展入選
1996年 日洋展優秀賞受賞
1998年 日展入選
2000年 日洋展会員賞受賞
現在 元・第一美術会員 日洋会委員 広島日展会会員

■ 自転車で日本一周

  風景を描きつづけていた若い時分、自転車で日本をスケッチして回ろうとでかけた。8、10号の小さなキャンバスに油彩で描きため、実家にもどって大きな作品にしあげていったそうだ。片岡先生に見せていただいたその頃の絵は黒が基調の画面に家々が密集し、若いエネルギーと勢いに押される感じだった。

■ アトリエの刻

  静物のモデルであふれるアトリエは玄関につく前から始まっている。先生のアトリエに訪れたのは秋の兆しが空の高さに出始めた頃だった。前庭の柘榴や中庭に続く道にのぞく冬瓜など、明るい日射しがとても似合っていた。奥様とともに迎えて下さった玄関には、モデルの役目を終えた生物が皿の上に丸く静かに盛られている。正面の小さな冬瓜の絵とともに住む人の生き方が 素直に溢れている印象だ。アトリエに入ると生物の数が一気にあがる。冬瓜や栗、通草、南瓜など西壁のボードの上に並べられ、それぞれの刻をきざんでいた。そして今描かれているモデルも居る。真中のテーブルの上に干し草が大きな巣のようにしつらえられて、その中に大きな冬瓜が繭のように眠っていた。
  先生はそれらのモデルたちを一つ一つ、何時実って、どの絵に登場し、それから幾年月たって、今もこのように変化していると紹介してくれた。水分がゆっくりと空気に奪われ縮んで行く南瓜、往時を留めた絵と共に見せていただくと蔕から茎の部分はしっかりと変わらず、元からあった瘤や曲面のしわが深くなり、人間と変わらぬ生き方をして歳を重ねたかのようだ。

■ 庭の繁り

  二間を続けた南のアトリエには大きな窓があり庭がのぞめる。モデル達はここで育ったのだそうだ。伺った時は通草がいくつも結実し始め、大きな冬瓜がいくつか実り、様々な命が陽光をうけて揺れていた。地面に近いところから、見上げる位置まで何層にも茂る緑に風が気持ち良さそうだ。この部屋にはモデルの倉庫があった。沢山の引き出しに太い木の枝なども入っている。なかでも美しいのが炭化させた実だ。先生自ら七輪でいぶし、見事に水分が切れた実は艶々している。繊細な栗の棘や、柘榴の割れた隙間に詰まる実、薄いほおずきの包。椿、松ぼっくり。びっくりするのは野菜だ。ピーマンや唐辛子もそのままの姿が漆黒と化していた。

■ いきものの刻

  描いている間にも変わり続ける生物であるモデル達。それを追いかけつづける先生の筆には「愛おしいもの」へむかうやさしさが宿っている。まだまだ沢山在るからと炭化させた栗や柘榴などを箱に分けていただいた。一旦取材から会社に戻り、夜箱を胸に抱えて歩いた。昼に続きよく晴れた空には星が珍しく沢山出ている。歩を進めるたび、栗の棘がふれあってチリチリと至極の鈴のように鳴る。かすかなその音に耳をすますと、星と実が似た声で対話しているようだった。先生に愛された生物の刻 は、まだまだ続くのだ。

<文/泉尾祥子・写真/原敏昭>

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取材中の風景