第53回アトリエ訪問  漁田直人氏

縁によってここまで運ばれて来た。人が道を開いてくれた。好奇心が広がり、どの世界も興味深い。

■プロフィール

  日本教育書道連盟審査会員
  日本書道美術館参与
  毎日書道展会員
  文部省後援書写技能検定審査委員
  玄曠書道会副会長
  進々書道会副会長
  全日本硬筆連盟理事
  中国新聞文化センタークレド教室講師
  七川書道会主宰

■ 白木山の粉雪、川の風景と電車

春からのシーズンでは目の前の川で鮎釣りがはじまり、様々な花も咲く。浅い岸べに鹿がいたこともある。
ここから遠くの場所で教えている書道教室の生徒さんたちが、芸備線に乗って集まってくることもあるそうだが、家の庭から狩留家駅がひょいと覗ける距離。イチジクや桜やラベンダー、家庭菜園のある洋館の2階がアトリエである。電車が大好きなこともあって、この土地を選んだそうだ。芸備線内における広島シティネットワークエリアの北端なのだと楽しそうに語られた。

■ 好奇心と縁

書道を始めるきっかけは実に親しみ深い。20歳のある日、部屋の掃除をしていてふと手に取った月刊誌のペン字の通信教育の案内から始まったそうだ。検定に次々受かるのが楽しくて、毛筆にも手をだし、段位が あがり…。行書も草書も漢字も仮名も。教える立場になっても、別の分野の絵画展を開いて、そこからパステル画の教室をすることになるなど、何処まで拡がるのかわからない。最近では写経や写仏も教えている。釈迦の生きて来た道にも興味をもっているそうだ。
きっかけも無限。好奇心も無限。それが様々な縁を運ぶ流れを形成していく。氏は人が自分にくれた縁の流れに沿って生きてきたと言われた。だが川の素、その水は氏の中からあふれでる大量の好奇心なのではないだろうか。

■ 経験こそ師

教室の生徒に、まず、習字。苦心をするから上手になる。集中力を持って書いていると脳が活性化され、達成感により、心の状態もよくなると教えている。「書」という作品と、「習字」は別物だが、この経験は技だけを磨いているわけではないそうだ。
それは魂が入った字を書くための修養。人に見られているなど条件の悪い中で良い作品を書くには精神力が必要とされる。まさに心技一体の道なのだ。
氏は外国人に熊野筆を紹介する映像に出演された時は、袴を着て筆をふるった。また、毎年主題を変えて銀行のショーウインドウに掲げる額は、すでに額にはまっているところへ書く。一発勝負である。モチーフを描くように全体のバランスをとって書くそうだ。絵画のようにイメージを刺激される書はこうして書かれるのだ。

巌流島に行った時の話も伺った。巌流島は、佐々木小次郎と宮本武蔵が試合をするため待ち合わせをした所として有名だ。その折、武蔵はわざと遅れていったというのが通説である。だが氏は、遅れたのはやむを得なかったのではないかと思い至ったそうだ。

実際に漁船をチャーターして行ってみると、海流が非常に速い。武蔵も船で島に行ったが、櫓を漕いでこの瀬を渡ったのである。其の速さは可変であるがゆえに予想がつかない。本来なら遅れていく方が分が悪いが、武蔵は不測の事態にゆるがなかったわけである。こういう独自の解 釈も、実際に行くという経験がもたらす楽しみであると語られた。

■ 一期一会

普通、新しい局面をむかえるときに感じるのは恐れである。そういうスタンスだと機会も縁もなかなか訪れてはこない。恐れを超えた有り余る好奇心が氏を祝福している気がする。

インタビューを終えて、書をされているシーンを撮らせていただいた字は「一期一会」である。まず初めの「一」は、凝縮された一点。「期」はそれを平面に展開し次の「一」は勢い良く空間を突き拡げていく。そして其の世界を「会」があわあわと優しく包む。
書をみれば、今見た筆勢がそのまま写し取られている。書とは魂の跡なのだと感じた。

                                        <文/泉尾祥子 ・ 写真/原敏昭>
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取材中の風景