第71回アトリエ訪問 書家 河原翠月

プロフィール

書道 彩翠会主宰

NHK広島文化センター講師

日本書芸院一科審査員

書道 笹波会常務理事

読売書法会理事

広島県書美術振興会常任理事

日展会友

 

■おもてなしと書

太田川をのぞむ高台に河原先生のアトリエがあった。気持ちのいい眺めと緑のある環境。ご自宅には氏の作品が飾られていてギャラリーのようであった。お通しいただいたのにもかかわらず、ついつい不躾にいろいろと作品を眺めてしまった。

大きなブラインド式のクロスカーテンに正岡子規の句がしたためられている。柔らかな色彩の生地に金彩で描かれていて、午後の日差しで書かれた文字が色濃く浮かんでいたのが素敵だった。「こうしてみると洋間にも書が合います」と河原氏がお話になった。確かに、書があることで彩りや空間に広がりを感じる。

百人一首の50句が表装された屏風を背後に、先生のおもてなしをうけた。訪れる人があるときは、屏風や作品を替え飾られるそうだ。

後に見せていただいく「暑中見舞い」にも通じる先生のおもてなしの心と、さりげなく表現される心遣いにとてもうれしい気持ちになった。氏の暑中見舞いに送られるものとは、ちいさなうちわに歌がしたためられていて、切手を貼ってうちわのまま郵送される。この小さくて限られたスペースに合う、漢字とかなの文字数まで考慮して手がけられた書中見舞いは、美しい作品だ。送られた方の喜ぶ姿が浮かぶようである。

 

■美しいということ

河原氏が書の世界に入ったのは40年前、当初は漢字を書いていた。書と言われるものは漢字や前衛にいたるまでたくさん触れ、実践された。その10年後にかな書に出会う。

「美しくて、これだと思った、これをやりたいって思った」と氏は語った。

流麗な線が織り成すかな書の魅力。氏にとって素晴らしい出会いだったのだろうとその口ぶりから感じられた。その後、村上俄山氏に師事することとなる。

良い師匠、先輩、同胞、後輩、教え子、書でたくさんの人と出会い、つながっていく。「作品を作るときは1人だけれど、けして独りよがりの世界ではないんです」と書についてその魅力についてお話になった。

 

■歌を書く喜びと古典の研究

氏の作品には歌が題材であることが多く、歌は昔から好きだったとお話になった。句会にも参加することがあるという。かな書をする場合お手本は多くが、古代に書かれた歌やその写しである。改めて古典の研究をする中で、山家集がいまの心に沿うとお話になった。「山家集」西行の歌集の中から氏にきっかけとなった1句をあげてもらった。

「葉がくれに散りとどまれる花のみそしのびし人にあふ心地する」

(氏のHPで作品を見ることができます。http://www.suigetsu.jp/ougi.php

こうしてフォントで打ち込んだだけの歌ではなんとも味気ないが、氏に見せていただいた古典のお手本からはその流れるような文字や一文字ずつの大きさの違い、紙の空間など全てがそろって心に染み入ってくるような感動がある。氏のお話しになる「かな書の美しさ」を少しだけ理解できたような体験であった。

 

■自由な心

四角の紙に書くよりも変形の用紙、さらに立体の物に作品を描くのがお好きだと笑顔を交えてお話になった。扇、うちわなどの紙・布で製品から、自作の陶板や器・壷など作品の有りようは様々だ。師の自由で美しいものを追求する心が、形になっているようである。

「丁寧に書く、というよりぱっと書く。スリルのあるものに書いていきたい」

適度な緊張感や、はらはら・ドキドキする感じは感動している最中と似ていることなのではないかと推測する。陶芸の嗜みに加え、絵も勉強中とおっしゃられた。「書」のみでもかなりの精神力と体力が必要と思われるが、氏のバイタリティと行動力に驚いた。

「これからは上手くなっていく、というよりは変わっていくということが近いかもしれないですね」と今後についてお話になった。

「美しさ」に出会った感動を未だとどめておられる氏に、こちらも元気とやる気をいただきアトリエ訪問を終えた。

 

<文/中木風子・写真/原敏昭>

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取材中の風景