アトリエ訪問第36回 木本 一之氏

原点は鍛冶職人。
確かな技術と丁寧な仕事であたらしい表現を求めていく。

  夏の風がアトリエの周りを駈けていく。側を流れる水も涼しく、目に水田の緑と遠くのやわらかい稜線。工房隣りに構えられたアトリエの、重量感たっぷりの鉄の引手の温度がじんわりと心地よい。すぐに迎え入れてくださった木本氏と会う前に握手をしたような気分になった。それからアトリエの2階にある作品群について、とりとめもなく質問してしまう私たちに一つ一つ丁寧に答えていただいたのだ。

広島の展覧会で出会ったことのある不思議な都市を切り出したような作品のほかに、建築家の石山修武氏から依頼された柘榴の照明オブジェなど、有機的な肌触りを感じさせる作品もあり、様々な手法を使って表現されている。工房の大きなアンビルや材料になる構造用の鋼、力強い音のルフトハンマー。そして炉で燃やす大量のコークス。一つのハンマーを持たせていただいて、その重さびっくり。繊細な仕事に必要な体力と厳しい熱さをしのぐ耐力を考え、圧倒された。心を動かされる作品を支えるのは鍛鉄の確かな技術。その基礎となっているのはヨーロッパのマイスター達の元で修練した日々。師匠はパウル・ツィンマーマンやアヒム・キューンなど世界的な鍛鉄工芸作家だ。

大学3年の折、ドイツの工房を訪ねて感動し、そこで修行したい念いを手紙で訴え続けて3年後渡欧。ベルリンの壁が崩れて変わっていくヨーロッパの中、4年半にわたって、ドイツ、スイス、チェコをまわり実際の仕事を通して鍛鉄に打ち込まれた。ヨーロッパの街並を際立たせる芸術性の高いセンスと技術を問われる「看板や門扉」。美しいバランスで大陸の風をとらえる「公共施設のモビール」、確実性と繊細さが必須の「世界的な遺産の修復」等々それらの仕事の多くは豊富な写真集や図版となっていて、見るのも聞いているのも楽しい。もちろん現地では街にとけ込み、または史跡として何百年も残っていくのだ。多くのマイスターたちの情熱で形作られる文化がうらやましく感じられた。

木本氏が日本に戻られて、広島の町もその恩恵に浴している。その中でも電車が組み込まれたデザインの看板は格別に楽しそうだ。作品に出会うため、あるホテルを訪ねてみようと思った。

<文・泉尾祥子/写真・原敏昭>

>>こちらより先生のページへ移動できます。

取材中の風景