第58回アトリエ訪問  金川洋臣氏

■ プロフィール
日展会友
興朋会所属
読売書法会理事
日本書芸院役員(参与)
広島書美術振興会常任理事
福山書道連盟相談役
福山市美展審査員

生きている限り書く。書は生活である。

■ 蝉の聲染み入る講堂
白い土壁の門をくぐって蝉の合唱を浴び玄関へ。金川先生のアトリエは屏風で仕切られた向こうに広がっている。ここでは書の合宿が年に何度も行われるという。お寺の講堂のような空間は大きな柱で支えられ、天井の木組みが見える。代々書をたしなんできた主人が住んでいた家は、教え子たちを迎える場所としても使われるよう、内装を変えられたのだそうだ。古民家の構造をもちながら空間に溢れる活気は、集う人々と先生との関わりがエネルギーとして感じられるからだと思う。

■ うつくしい手紙
明るい庭をのぞむ窓際でお話を伺っていると、縁側でくつろいでいるかのような親しみを感じる。そのあいだも先生の背筋はピンと律されている。正しい姿勢は人間の基本だと言われた。一番器用な指先を自由に使うため、きちんとした型で筆を保ち、手首を柔らかくして常に応用できる様に態勢を作っておく、これは書だけでなく、寝たきりの人でも一日のうちで座らせる時間を毎日つくるとバランスをとりもどし、動けるようになることもあるそうだ。先生の祖父が93歳の時の手紙を見せていただいた。美しい文字でこころを伝える文。先生はまだそこに到達していないといわれる。ほかにも明治時代の(仁義覚帳)など先々代から残る帳面をみせていただいた。常日頃使われる筆から伝わるものは圧巻だ。きちんとした生活や人柄。そのメモを書いたときの姿勢はもちろん、時には健康状態も如実に現れる。私などは、筆は特別な時にもつ稀な体験だ。ペンや鉛筆ですら持つことは少なく日頃の文章もパソコンである。器用とはほど遠い指先が形作る日常を考えさせられる。

■ 臨機応変の力
長く教職に着かれていた間、書道の部活のほかバレーボールや卓球などの顧問をされたり、自らも試合をするなどスポーツマンでもある。あふれる活力は、青年のとき東京から瀬戸田高校に転職される際のエピソードにも実証される。3月東京での女子高校の修学旅行で九州に行ったときに広島県の採用がきまり、旅行の帰路に瀬戸田高校に寄って手続きを一日で済ませ、後任者をたった2日間で手配し次の地へ赴任した。この間驚く周りの人々をしり目にそれぞれにきちんと責任を果たし、のちには感謝されるベストな結果を生んでいる。その責任感は一貫していて、教職時は「泣いて入学して来た子を笑って卒業させる」ことを心がけたそうだ。学力偏重より、ひととしてつきあうヒューマニズムが教育では重要であると語られる。頼れる先生だったと想像できる。

■ 一文の内の物語り
書をかかれるところを見せていただいた。何行かで一つのメッセージを伝える詩を題材とするとき、語り始めを大切に、中段を膨らませ、終曲を奏でるように結ぶ。このようなリズムを持たせて、書は書かれるのだといわれた。筆で言葉を綴っていくとは、物語がひととき力強く語られる刻なのだ。

■ 生きているかぎり活きる
生きることは「動くもの」。お話を聞いていると、こちらも背筋が伸びる。寿命も伸びる気がする。農業も営まれる先生は、これからも脳を活性する為、草取りをするか筆を持つたりして指先仕事を惜しまずに生活をつづけられるそうだ。書は日常そのものなのだと思った。

<文/泉尾祥子 ・ 写真/原敏昭>

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取材中の風景